自分の性格を認めない人

  •   19, 2018 14:05
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自分の性格を認めない人は、「悪感情」を乗り越えられない

images (1)苛立ち 



私はどちらかと言えば気が短い人間ですから、のんびりした人間にいらだちを

感じることがしばしあります。


かつては、渋滞に巻き込まれても悠然としているタクシーに乗り合わせると、

運転を代わってやりたくなったものです。


それでも、

最近ではだいぶ収まってきましたが、それでもどこかに気の短さは残っているみたいで

相手のスローモーな反応や遠廻しの言い方が気になります。



でも、それを気にするのはわたしだけで、周りの人は何とも思っていないことが

多くあります。



こういう例はたいていの人に見られるものです。

きれい好きな人の目には、だらしない人が気になります。

神経質な人には無神経な人が気になりますし、約束時間を守る人は遅刻する人が

気になります。



つまり、ある神経が突室していると、その神経を逆撫でする人間が周囲をどんどん

増えてきます。


別に周囲の人が逆らっているわけではないし、わざと神経に障るようにふるまって

いるわけではないのです。


たとえば、机の上が乱雑な人がいても、通常は周りの人は無視しているでしょう。

ところが、きれい好きな人はそうは思いません。


「私の周りには、どうしてこんなにだらしない人間ばかりいるんだろう」


そう考えて我慢ができなくなるのです。

これも、悪感情の一つになるはずです。


そういう場合でも、自分が人よりちょっときれい好きなことや神経質な傾向が

ある事を認めてしまえば、感情的にならずにすみます。


images (1)turai 



少なくとも、怒りや不機嫌な気持ちにとらわれることはなくなりなす。

「私がきれい好きだから、よけいにそう感じるんだな」と、

自分の悪感情をコントロールすることが出来るからです。



悪感情から抜け出せない人は、自分の性格に少しぐらいのかたよりがあっても

認めません。

自分はあくまでも正常で、ごく普通の性格で、むしろ周囲の人間の方が性格的

なかたよりがあると思っているのです。



自分が正しいと思い込んでしまえば、全ての非は相手にあります。



これも自分の悪感情から抜け出せない人のパターンです。

他人のせいにし続ける限り、少しのことですぐに不機嫌になってしまします。

でも、きれい好きも神経質も悪いことではないのです。

病的なケースはともかくとして、細かく分析していけばどんな人でも

平均より強い傾向が表れる性格分野はかならずあるものです。



それを素直に認めてしまえば、自分はある種の人間や反応に対して

カリカリしやすい性格なんだと分かってきます。


私のように気の短い人間は、例えば自動販売機の反応が少しでも遅いと

ボタンを押し直しますが、気の長い人はゴトンとコーヒーが出て、

チャリンチャリンとお釣り銭が出てくるまで悠然と構えています。

それと同じようなものです。


どんな人にも、普通より過敏になってしまう分野が一つや二つはある

ものなのです。


最後に… 
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